余計なモノを捨てると、本当に大切なモノが見えてくる。

 
ワタクシがお家の中の片付け、断捨離をはじめたのは1年半ほど前。そのきっかけは、なんだっただろうか・・・と思い起こしてみました。

 
とはいっても何かがあったってコトではなくて、ただ心の中にある不安がどうしようもなくなっていたような、そんな頃だったような気がします。
 
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お仕事をし、家庭があり、お家を建て、車も持ち、お金をどんどん使い、欲しいモノは何でも購入。
 
次々と湧いてくる自分の欲望は、一度キリの人生なんだから、みたいな理屈で叶えまくっていました。
 
でも、こんなコトでいいのかな、イヤいいワケがない、いつまでも上手くなんか行かない、いつかどうかなる、きっとバチが当たって穴にでも落ちる・・・そんな不安がいつも心の片隅にありました。
 
モノなんて買っても買っても満足なんて出来なくて、次々と自分の興味の沸くモノが表れて、でも手に入れると興味なんてあっと言う間に薄れていく。
そのコトに薄々気が付きはじめると、もっと不安になりました。
 
じゃあどうしたらいいんだろう。自分は本当はどうしたいんだろう。
 
そんな不安を感じていた頃、何かしないとどうしようもない自分がみつけたのが、少ないモノで快適に暮らす方々のブログでした。
なんだか清々しくて、心惹かれました。
 
すがるような思いで、なにか見つかるような気がして、そんな暮らしに近づきたくて、マネをしたワケなんですが。。。

 
大きめのお家にたっぷりと入ったモノ、モノ、モノ。
 
それはワタクシの欲望の集大成で、それらのモノには、見栄という裏書がべったりとありました。本当にそれらのモノたちが好きなの?そんな問いかけをするところからワタクシの片付け、断捨離ははじまりました。

 
自分の買っては興味を無くし、飽きてしまったモノたちと対峙するのは、ダメな自分、失敗した自分と向き合うコト。それらのモノを買ったのは紛れもない自分ですから、自分のしたことの責任は自分でとり、その使わなくなったモノたちの未来を決めて、片付けていく作業をする。。。
 
自分てバカだ・・・何度も思いながら、いらないモノを処分しました。
 
途中で、この作業の意味がわからなくなり、このままでも別にいいんじゃないか・・・と思ったりもしましたが、意味なんか今わかろうとしなくてもいいか・・・ととにかく続けました。
 
作業をはじめてからトータルすると、結局どれだけのモノを処分したのか、自分で行った作業にもかかわらず、わからなくなっているというか、わかると倒れてしまいそうですのでわからないほうがいいですね。とにかくその量はハンパないのは確実です。
 
たくさん買ったけど、たくさん捨てて、自分の欲望を満たしたようで満たされてなくて、モノは自分の心は埋めてくれないだとわかりました。
片付けながら、じゃあそんな買っても意味ないしと思うようになり、欲望に支配され、モノに支配されて、がんじがらめで不安だった心が、少しずつ軽くなりました。

 
今も片付け、断捨離の道半ばですが、モノが少なくても暮らせる、いや少ない方がより快適に、そしてお金もかからない・・・そんなにお金をかけなくても楽しく暮らせる・・・そう思うとラクになり未来への不安も減った気がしました。

 
結局、自分なりの暮らしを見つける作業が断捨離なのかな、と思います。ワタクシはそうでした。

 
最初からきちんと計画をもって、暮らしを組み立ててきた方々には、断捨離なんて関係ないコトだと思いますが、ワタクシの様な欲望に振り回されてきた人間は、越えなくてはならない関所だったんだと思います。はぁ~しんど。。。
 
余計なモノが身の回りにたくさんあると、身近にある本当に大切なモノが見えにくくなります。
 
その身近にある大切なモノを、より大切にする為にも、ワタクシは身の回りを、いつもスッキリさせておきたいと思っております。

 
皆さまの本当に大切なモノって、なんですか?

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